タイ暮らし2015年 7~9日目 タイの給食ですき焼き?

タイの給食

7日目~家の建築

今日は家の建築。
というかこれからのここでのメインの仕事はこれになりそう。

昨日来たときには屋根がなかったのに、昨日今日の作業で屋根の骨組みまでが完成した。

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村長さんの技の一つ一つに感動する。
こうしてこの村を作り上げたのか。
気が向いたときに色々な人が手伝いにくるのだけど、
メインで建築に携わっているのは村長さん、スペイン人の大工さん、
ロシア人の骨董品修理屋さん、
日本人のド素人(はい、私です。みんな上手で自分の下手さに落ち込みます。)の四人。
今日やった作業は以下の通り。

・屋根の骨組みづくり
・骨組み用の竹を山から伐り出してくる
・竹を細く切って、ひもとして使う
・そのひもで骨組み用の竹などを固定する
・近所の屋根材を作っているところから屋根材を運ぶ
(100キロ近くあって手押しの一輪車で運ぶのは相当きつかった)

こんなところかな。
とにかく全てのことが衝撃で感動です。
ロープワークの必要性も実感しました。
帰ったらうちのフィールドでも何か応用できるかな。

補足です。
サンドットさんのファーム、サハイナンではこの時、
新しく宿泊者用の家を作っていました。
「村」って言ってるのはサハイナン、
「村長さん」って書いているのは、サンドットさんのことです。

8日目~火おこしに苦戦

寝坊してしまった。
今まで食事づくりを積極的にやってくれていた日本人女性が、今日は早朝に旅立ってしまう。
だから今日はうちが早起きして食事づくりを手伝おうと思ったのに。
まあ、寝坊できるぐらいこの環境に慣れてきたということで。
キッチンに行くと、早朝に旅立たなければいけないはずの彼女が食事づくりをしていた。
あら、最後の日までありがとうございますね。
彼女とはまたどこかで会いそうな気がするので、再会を楽しみにしたいと思う。

さて彼女がいなくなって、いよいよ英語コミュニケーションが本格化しそう。
というか本格化せざるを得ない状況に追い込まれた。
頑張ります。
食事が毎食、相変わらずおいしくて幸せ。
この環境で食べるからかな。
ご飯の鍋と、おかずの鍋または皿が2、3品。
みんなは器一つとスプーンを持って、好きなものを取って食べる。
おかずは基本的に野菜か果物で、今のところ肉は出たことがない。
肉がないことには我が家としては問題なしなので、普通においしく毎食いただいている。

午前の作業はまた建築。
今日は昨日運んできた大量のわらでできた屋根材の取り付け。
竹の骨組みに、そのわらの屋根材を取り付けて竹で作ったひもで縛る作業。
まずは昨日の状態。

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そして今日の作業終了後。

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高所作業やら言葉の壁が大変だけど、まあなんとか。
そして意外にけっこう早く進むので、軽い達成感。
午後は出遅れたようでみんながどこにいるかわからなかったのもあって、少しゆっくりした。
こちらに来て初めての、ゆったり時間だ。
毎日の時間はゆっくりだけど、常に何かをしていたのでほっとした時間でした。

そして夕飯。
この日はパンを焼くということで、ピザ釜の火起こしが必要。
火起こし好きなので、火起こしを担当させてもらった。
村長さんも、旅立った日本人女性も簡単にやっていたので、
余裕余裕と思っていたが、全然火がつかずにすぐに消えてしまう。

竹の筒を口に当てて空気を送り込むのに、酸欠状態になって腕が痺れながら
悪戦苦闘すること1時間、ようやく着火。
かっこ悪すぎ。
村長さんに聞いてみると、木が新鮮すぎて水分が多いからとのこと。
簡単につけていたように見えたのは、まき選びがうまいからというのも理由のようだ。
次回こそは涼しい顔で火をつけたいものだ。

明日は小学校に行って小学生と遊ぶ日。
さてさてどんなハプニングが
待っているでしょうか。
おやすみー。

9日目~試練到来

今日はサハイナンのみんなで近所の学校へ行く日。
いつもより早く起きて涼しいうちに出発。
学校まではたったの1時間で行ける、という感覚になってきた。
こんな道を歩いて学校へ。

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学校に到着すると、みんなで輪になって自己紹介やら歌を歌ったりお話をしたり。

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この学校は、開校まだ3年目とのこと。
小さな村の小学校で、校舎は村人たちが一から全てセルフビルドで建てたようだ。
すごすぎる。
政府に頼んでも村の規模が小さくてなかなか援助をしてもらえないので、
自分たちで建てたと言っていた(自分の聞いた英語が合っていれば)。
生徒の数は10人弱ぐらい。
自己紹介の中で、妻はパネルシアターという動く紙芝居のようなものを英語で披露した。
みんなノリノリになった。
すごいぞ、妻さん。

その後はお昼まで、昼食の準備をしたり自由に遊んだり。
昼食の準備では、小学生もよくお手伝いをしていた。

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自分は小学生に1から10の数え方など、タイ語を教わった。
やっぱり現地の人からマンツーマンで教えてもらうと理解が早い。
そして昼食タイム。
みんなで輪になって、食べ物、作ってくれた人、運んでくれた人など、
食事に関わる様々なものに感謝する、長い「いただきます」のような挨拶をして、食事スタート。

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メニューは「スキヤキ(日本のすき焼きとは全然違うけど、こう呼ぶよう。)」とスナック菓子!
あとはパンとかマンゴーなど。

学校の雰囲気でいいなと思ったのは、
ちゃんと先生が尊敬されていること、生徒の目が全員輝いていることだ。
そしてこの学校のもう一つすごいことは、まさに今日のイベント。
こういうサハイナンからの訪問は、
月に何度かあるようだが、これってかなりの国際化教育じゃん。
小学生のうちからこんな人たちがしょっちゅう来たら、
それは英語にも世界にも興味を持つだろうな。
今日訪問した人たちは、スイス、ドイツ、スペイン、ロシア、日本からの人たちだし。

帰りは炎天下の中を1時間歩いて帰る軽い試練。
かと思ったら、車で送ってくれた!

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しかし、試練はここから始まるのであった。
息子の足にトゲが刺さってしまった。
簡単にはピンセットでとれない状況。
針を使ったりピンセットを使ったり。
そのたびに息子は痛い痛いと叫ぶ。
なかなかとれずに夕飯に突入。

夕飯後、お湯で温めて皮膚をふやけさせるといいと聞いて、
お湯を作るが、薪はガスと違って火力が弱いのでかなり時間がかかる。
息子は、遅いだの寒いだのお湯につけるとしみるだの言うので、
自分はいらいらしてきて怒り始め。
みんなが心配してくれて色々と話しかけてくれるのに、
それを妨げるように今度は眠いを連発。
結局自分は怒るわ、トゲはとれないわ、息子は泣くわで最悪ムード。

そして明後日にはさらなる試練が待っている。
このサハイナンを知り尽くしている村長さんが、
アジアのパーマカルチャー会議に呼ばれているらしく、
明後日から5日間フィリピンに言ってしまうという。
彼に頼らずにジャングルの中、慣れない英語で他のメンバーとコミュニケーションをとりつつ、
ジャングル生活を送らなければならない。
うーん、とにかくやるしかない。
これからは、気を引き締めて過ごさねば。

だけど息子よ、ごめんね。
パパもママも、新しい環境に慣れるのに必死で、
君の気持ちをくみとってあげられる余裕がなかったようだよ。
君も同じように頑張っているのにね。
明日は朝起きたらまず、そのことを謝ろう。

(この記事は、2015年11月17日17日その211月20日のブログを再編したものです)

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このサハイナンでのパーマカルチャー暮らしの体験が元となって、
今、札幌でもパーマカルチャー暮らしを実践的に研究しています。
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