【妻ブログ】今を受け入れられるようになるつつある日々。多分その2。

旦那さんがバンコクに行きたい用があるっていう。

え、私たち、3人、英語もままならないのにおいて行くの?

と一瞬思い、

どうしていいかわかんないから行きたいのはわかるけど、どうしたらいいかね?と蓋をして2週間。そろそろ申し込みが、、、っていうから、母子3人で安全は確保されてるけど心が大丈夫かイマイチわかんないけど、どうしていいか答えが出ないから申し込んだらー?といい、出発日になっちゃった。

基本的に家族のやりたい方向性に、ストップかけたことはない気がする。

やりたいもんはやりたいしね、やるなら本気でねーとだけいい、今回も旦那さん、楽しそうにバンコクに行っちゃった、笑。

さてさてここに残ってサンドットさんとふたりの滞在者と私たち6人で過ごす予定が、急にサンドットさん、腰が痛いのなおんないから水曜あたりチェンマイまで病院に行って来るわーっていう。けれどもその予定もあっさり夕方には変わり、その日の夕方に急におにいさんよんでうんてんしてもらって、いっちゃった。

まあ、この腰痛で相当辛そうだったし仕方ないよね、って送り出す笑。

大方のことは驚かなくなったし、揺れなくなったなあ、とそんな自分が嬉しい。相手を受け入れられるから穏やかでいられるということがなによりうれしい。

そうそう、出発直前、key in the carをしちゃったから神様にナムナムするしかないって笑いながら3人で楽しそうに話し込んでるサンドットさんたち。

1時間くらい過ぎたとこで誰かがきて手伝って開けてくれて、出発してった。

おこったことを受け入れてしょうがないねーって今を受け入れて楽しむ、すごいなあとまた学びました。わたしもこうありたい。日々焦らず、楽しむこと。

んで、残った滞在者ふたり。一人はアメリカンの丁寧にコミュニケーション取ってくれる男性。わたしの英語力のなさにも呆れず、goodテクノロジーを使って翻訳してくれたり、丁寧に理解してくれようとしてくれる。

日々色んなことがあったけどコミュニケーション取りながらともに暮らした時間。食事は任せて、畑はよろしくね、と。時折子どもたちが彼のところに行っては、何やらゲラゲラ笑う声が聞こえてきてました。異文化交流、日本人よりリアクションが大きくて子どもたちのツボにはまったようで、彼の話すことすべてが面白いらしい。それに答えてくれる彼。子供達の嬉しそうな声の響くシエスタはいつも幸せを感じる時間でした。

共に過ごした時間があまりにもありがたくてあなたがいてくれてよかった。いつも気遣ってくれて、子供達もとっても楽しく過ごせてる。ほんとうにありがとう。って伝えたらおいかけてきてくれて、英語で伝えてくれるもわからず。goodテクノロジーでほんやくして、「私とコミュニケーション取ってくれてありがとう。こういう関わりが大切なことだから。」ってわざわざ伝えてくれて。うん、いつでも優しい気持ちで生きていきたいっておもってるから、それを意識してる。って言ったらそれは素晴らしいマインドだね。GOODコミュニケーションだね、ありがとう。っていってくれる。

もちろんもっと話したいけど、気持ちは丁寧に接していけば溢れて行くものなんだなって彼からも気づかせてもらったよ。

言葉が通じなくても、彼といるとお互いに気持ち良く過ごせていい時間だったな。

英語を話したいけど、やっぱりマイペースでいいや。

でね、もう一人の滞在者さん。

バンコクに住む彼は鬱になってしまったようで仕事をやめ、薬を飲みながらここにやってきました。

一年前、三日ほど滞在が重なった彼、今年は僕もパーマカルチャー農場を作るために来たんだってわたしたちにつたえてくれたけれども。

ここで暮らし始めてから彼の抱えた病を知りました。

いつも何かに追われているかのように、一点を見つめてる。

ガーデン作ったり、買い物に行ってくれたり、一緒に仕事するんだけど、笑えない人になっていました。そんな彼を見て悲しくなり、時間はかかっても、笑顔になってほしいなって、思いながら過ごす日々。英語が話せないこともプレッシャーだそうで私のできなすぎる英語なら聞き取れるというので、よかったよ、私も英語を話せたらなって思ってたけどこんな形で誰かの役に立つとはねー、できなくてよかった、と笑い飛ばす、笑。よかった、よかった。彼とともに過ごす時間、昔の自分に伝えるかのように、always no need pressure だよっていいながら、彼のやりたいことをどうぞってきづかってきました。彼の好きなメニューにしたりね、できる料理を任せたりね。

時折定まらない焦点で、一瞬だけど彼は笑顔を見せてくれました。

サンドットさんはそんな彼の精神状態も理解しながらここに受け入れて共に暮らす配慮をしてくれてすごいなとおもいつつ、私も寄り添えるとこが寄り添えたらいいなと共し過ごした日々。

彼はお母さんみたい、ってわたしにいってくれました。

少しでも気持ちが緩んでくれたらいいけど、まだ出会って日も浅いから余計なこともしたくないし、そっと気持ちを寄せることくらいかなって思っていたら子どもたちも、そう思ってくれていて、とっても優しい気持ちで接してくれました。

甘いものが好きな彼、たくさんのシュガーは良くないかもなと私は甘いものをしょくじにいれなかったのですが、ある日、大ちゃんが学校でお客さんからケーキをもらってきたのってうれしそうにだしてくれてね。

これBさんにあげようと思うの。どうかなあっていうのであなたのきもちならよろこぶよ、どうぞ、って言うと、いつもありがとうって言いながら大ちゃんは彼に大事に持って帰ってきたケーキを渡しました。

そうしてね、私のとこにやってきて、Bさんにケーキを渡した時に顔を見たの。すごくうれしそうにわらってくれてね、大丈夫、きっと治る!っておもったんだ。

Bさんがつくった野菜炒めをかならず美味しいよ、うんおいしい、と言いながら食べる子供達。

ここでの暮らしは人とのおつきあいもあるので、Bさん、辛くなってしまったようでバンコクに帰る、帰らない、と毎日くちにするので自分で決めたらいいよ、とアメリカンの人と見守りながら過ごしていたけれど、大ちゃんは彼がいなくなっちゃったらこの野菜炒め食べれなくなっちゃうなあ、なんていいながら、バンコクに帰るよりここの暮らしの方が良くなるからって、彼なりの思いで、ひきとめてくれていたのです。

いつだったかわたしがBさんと話したこと。ここは農場、暮らしの場所、英語や生きることの学校。そしてね、病院。わたしはここで心と体を治せたよ。自然はドクターだから、ってくちにしたときに、うん、あなたのこどもたちも僕のドクターなんだっていっていたので気持ちはつたわっていたのかもしれません。

彼の苦しみがちょっと悲しくなりながら、彼がらくになっていくことをいのりながら2週間を共に過ごしました。

仕事が忙し過ぎたことが原因で心のバランスがくずれたんだって、かれははなします。

バンコクの土のない暮らし、車の音がたえずひびくくらし、中野に住んでいた頃の私たちも、そういうところがありました。

一年前の彼との違い、はっきりとはわからないけれど、薬に飲み込まれてる感じがして、薬の副作用による身体のおもさ、頭のぼーっとする感じで体を動かすことも辛い様子。これから変わって行くかもしれないけれど、もし薬を飲む前にここにこれたら、よかったのかもしれないなとも感じながら複雑な気持ちで、ここを守るお母さんとしてはちょっと悲しい気持ちででも、できることを彼に贈るしかないよね、と共に過ごしました。

ここの風の気持ちよさが今の彼には感じられないのかもしれないなと思いながら。

それでもここをえらんできた彼の人生がかれにとって納得のいくものになったらいいなあとねがいながら。

2週間後、彼は今日は帰らない、と言っていた予定を急に変えて、送ってほしいと私たちの頼んで帰って行きました。

いつもは避けたがるコミュニケーションを一生懸命とって、

いなかでくらすこととシティライフ、自分がどっちをしたいのか考えてくるよ。ありがとう、おかあさん。

といって帰って行きました。心を病み、じぶんでかんがえるちからをいちじてきにうしなってるかれ。

ゆっくり、ゆっくり、体と心を休めてかんがえて。

今の経験もこれからのあなたの人生になって行くから、私もそうだったの。

私たち家族はいつでもあなたが幸せであることをいのっています。

と手紙をわたしました。

私がいくら心を寄せてもその人の人生で必要なことを経験していくのだろうから、大きくは揺れないけど、思い出すと悲しいな。大ちゃんも治ってほしいからもっといて欲しかったけどかわいそうだったな。大ちゃんだったら、そこまでしてする仕事ならやめて自分にすことするのになあ。

って口にしました。

ここで、たくさんの人の生き方に触れます。

わたしもこどもたちも。

私たちの心のたくさんの感性がおだやかに揺れたり、おおきく開いたりする日々。

自分の人生、誰かの人生を感じ、考える日々。

自分も誰かも幸せでいてほしいよね、こどもたちがそういってくれます。

たくさんの気づきをくれた彼が自分の人生を生きられますように。

またきっとここにくる、そういってここを旅立った彼が1日でもはやく自分の足で歩けるようになってくれることを願わずにいられないちょっと悲しい出来事。

でもふっと、自分も似たような状態で考える力を失い、身体が限界にたっし、病気になったなあと昔を見せてもらった感覚でもあります。

大人も子どももなく、日々を暮らす中で私たち夫婦も子供達もたくさんの感性を開かせてもらいます。小さなたくさんの優しさに気づける今の生き方がありがたいなあと思います。

こんなにもたくさんの優しさに囲まれて暮らしてる日々。

今日はフィンランドのご夫婦が夕飯を作ってくれました。

喜ばせようってお気持ちだけでなく、子どもたちの待つ時間も短縮してくれるはいりょに頭が下がります。

日本人の奥さんだったので、聞きたかったフィンランドのことをたくさん聞かせてもらいました。

夏は別荘で過ごすこと。サウナに入ってお隣さん気にせず、そのまま裸で湖に入れるくらい、森が豊かだということ。

教育が素晴らしいのは先生がお医者さんと同じくらい勉強をするように、国が先生となる人を育てているからだということ。そうして、先生になって行く人が、誰かの森に入ってまきをひろっても、キノコやベリーをいただいても、お互い様で相手の幸せを喜ぶという文化の中で育った人であるということ。

どんなに働いても8時間がマックス。だからおやつは手作りだし、みんな畑もするし、男性でもおやつを手作りするそう。コンビニもないし、家族との時間を大切にする国のあり方が国民を支えてるんだと思う、そう話してくれました。

ああ、やっぱり、教育よりさきに、根本に人としての豊かさがあるんだ、そうおもいました。

フィンランドは私が思った以上に愛が深く、飾らない人たちの暮らす所のようです。接客しながらジュース飲んだり、お客さん待ちながらご飯食べていたりも普通だそうです。仕事の合間に、ささっとご飯を済ませなくてもいい、大事なことですよね。

フィンランドが大好きで、気づいたらフィンランドの旦那さんと結婚していたmちゃん。

たくさんの経験談をシェアしてくれてありがとうね。

たった五日間とは思えない時間、分けてもらったたくさんの嬉しいことが私たちの力に変わって行くのを感じています。

夜にハーモニカの音に引き寄せられて、子どもたちがmちゃんたちのhutで、歌って、太鼓叩いて踊ったこと。こんなに嬉しい気持ちを経験した子どもたちを見ていて胸がいっぱいになります。どんなふうにおおきくなってゆくのでしょう。

この子たちの生きる時間に寄り添ってくれてありがとう。

ここで出会う人は、たった五日間でも大切なお友達。

それぞれの人とどんな時間を過ごしたかは全く違うけれど、今を生きる小さな彼らにはお友達、となっているようです。

あなたを思ってくれるお友達がたくさんいてよかったね。

それを表すかのように、子どもたちは少しずつ私から離れ、自分で動き出します。

ここには私が子どもたちの生きる道を邪魔せず見守れる環境がある。

着々と成長して行くこどもたちのように、少しでも私自身も人として器が大きい人間に育っていきたいと思います。

鶏も猫も対等のともだち。大好きすぎて、時々彼らがやりたくないこともしてしまいます。ごめんね、と伝えながら、おつきあいしてもらっています。そうして何かとお付き合いして行くさじ加減をこどもたちはまなんで行くのだろうな。ありがとう、動物さんたち。

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大ちゃんの学校セット。

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とってもシンプル。

全ての教科がまざってます。

そして日本語、英語、タイ語も。

学校が楽しい。たくさん子ども同士で交わることも楽しみ、国を超えて心で関わることをこの村の人たちから学んでる。

きっと、ここでなくては学べないこともたくさん詰まってる。子どもたちの日々をささえてくれてありがとうございます。そんな気持ちを込めて週に一度学校に授業をしに出かけます。

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その様子はまた改めて写真とともに。

これは日本語で、なんというの?と聞かれて、大ちゃん、一生懸命考えたのでしょう。

足の翻訳がツメになっていたり、頭の翻訳が髪の毛、になってる笑笑!

何よりここで大ちゃんが過ごすことがみんなにとって日本語の学びであり、大ちゃんにとってタイ語の学び。

ここの子どもたち、日本の単語をすこしつかるようになってきたから。

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受け入れてくださる先生に感謝です。

【妻ブログ】ジャングルご飯。

2019.03.07

【妻ブログ】子どもたちと過ごす長い時間の中で

2019.03.03

(この記事は、2019年3月7日の妻のブログを、再編集したものです)

上の子6歳、下の子2歳の頃からタイに来ていて、今年は4年目。毎年この環境に順応して世界が広がっていくのが感じられます。こんなタイでの暮らしが、現在の遊暮働学の暮らしの元になっています。遊暮働学とは、暮らし自体が遊びであり、学びであり、仕事である暮らし。だから究極的に言えば、ただ暮らしていればそれでいいというライフスタイルです。詳しいことは、無料のメルマガでお伝えしていますので、下のフォームからご登録ください。

 

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